人のセックスを笑うな

早稲田松竹

別に見なくていいや、って思っていたのだけれどなんとなく映画を見たい気分(落ち込み状態(笑))になったので早稲田に行って見てきた。

原作は山崎ナオコーラで、芥川賞候補にもなった作品、だっけ。二年くらい前に原作を読んだ。

で、始まって早々、というか始まる前から「永作博美じゃないだろ、ユリは」と思っていたのだけれど、なるほど原作とまったく違うのね、映画は*1。今手元で原作を確認してみたのだけれど、たとえばユリの描写はこんな感じだ。

[彼女は三十九歳で、まあ、見た目も三十九歳だった。髪は長く真っ黒で、パーマをかけていたけれど、ほったらかしのぼさぼさで、化粧も口紅くらいしかしていないようだった。]

[ ぽっちゃりとしたお腹。あの、へその下の盛り上がった、丸い部分に名前はないのだろうか。スカートをはいても、ぷくっと膨らんでいる。若い女の子はそこが平べったいことが多いけれど、ユリくらい年代の女の人はこういう体型になるのだろうか。おれはそこを何度も、撫でたい。]

とにかく、原作では”イケてない”女性なのだ、ユリは。一方でこの映画でのユリはとにかくかわいい。我侭で、自由奔放で、いかにも男がうまいことひょいひょい釣られそうな(ついでに言うと、同性から嫌われそうな)。

それにしても原作を読んだときにも感じたしこの映画を見ても感じたことは、本当にこの作者(ナオコーラ)は男の気持ちが分かっている、ということ。正確には、20歳前後の男、といったところか。20歳前後の頃に年上の女の人にうつつを抜かして同年代の女の子を相手にしなかったイタイ時代があったことを思い出した笑。

ところでその男といってもそれはやはりある種の男のことで、それは”みるめ”(主人公の男の子)のような(情けない)男*2のことなのだけれど、ユリと出会って、好意を抱いて、二人で会うようになって、いつもユリのことを考えるようになる、というこの一つ一つのステップを映画館で見ながら、「ああヤバイ、絶対こんなの好きになるわ」とか頭の中で妄想がランナウェイ(ランナウェイ?)。なんだかこっちまでドキドキしてしまった。二人でリトグラフを制作するときのユリの態度とか、アトリエでみるめをモデルにして絵を描くときに服を脱がせるところとか、ずるいわー、とずっと思ってた。

原作とは全く違ったものになっていたけれど、映画のほうが好きだったかも。切ない感じが5割増しくらいで。やっぱ恋はいいね、と思ったのでした。是非とも気になる女の子(あるいは男の子)と一緒に見ましょう。恋が発展すること間違いなしね!(何、この宣伝・・。。)

*1:ちなみに僕は室井滋小林聡美あたりを想像する。

*2:僕の好きなアントワーヌ・ドワネルにも通じるような、ね。