おくりもの

朝八時、ピンポーンというチャイムの音とともに目が覚める。

インターフォン越しに、はい、と返事をするが誰も出ない。父親が僕に送るといっていたものが来たのだろう、と検討をつけて玄関の扉を開けると、重たそうに両手で荷物を抱えたお兄さんが。


たっきゅうびんでーす


しかしまあこんなにたくさんの荷物何だろう、と訝しげな顔をしながら彼の様子をじっとながめていると


あとひとつありますからー


と青空に響き渡るような澄んだ声が僕に向けられる。

あと一つ?、僕はその声の真偽を疑いつつ、それが真ではないことを願った。


少しお待ちください、ここにサインをしておいてください


領収書を渡されて呆然とする僕を宅急便のお兄さんは気にもとめない。

困ったなあ、と呟きながらサインをしていると、エレベーターが閉まり、再び開き、中からそれはそれは大きな荷物を抱えてさっきの彼がやってきた。


これで全てになりますねー


とてつもなく巨大な荷物を前にどうすることもできず、はい、と蚊の鳴くような声で返事をする。これ、どうしよう、何だろう、独り言の声はしだいに大きくなり独り言ではなくなってゆく。

それでも宅急便やさんはまったく気にする様子もなく、


ありがとうございまーす


と、爽やかな笑顔とすがすがしい一日が始まる予感を残して立ち去っていった。

仕方ないなー、と半分諦めながら父親に電話。

なんかさーすごい荷物が届いたよ、おおもう届いたか、でもさーすごい量だよ、おおそうだったか、そうだったかじゃないよーだってこれどうしようもないよ家にはいんないよ、おおそうか何とかせい、いやいや何とかせいって、まあしょうがないよな、いやいやしょうがないって俺こんなにいるって言ったっけ、言ったやろ、言ってないってば、言ったって、言わないよまあいいやとにかくこれ俺が処分すればいいのかな、おおそうせえ、なんだよー俺こんなにいるって言ってないじゃん、いやーわしの配慮じゃ、配慮って、まあ好きにせいわしに言われても困る、困るって俺が困ってるんだけど、わしに言われても困るじゃあな、いやちょっと・・


がちゃん


晴天の下、マンション四階の廊下を吹きぬける風は憎らしいくらいに心地よい。

なんとかするかー、と重い腰を上げて部屋の掃除にとりかかる。送られてきた荷物をなんとか部屋に入れるためだ。床に掃除機をかけて、ほこりを拭いて、ごみを捨て、服を片付け、家具の配置を変える。そういえばまた最近掃除やってなかったな。


掃除をしながら思ったことがある。それは、以前からそうではないかと疑っていることなのだけれど、父親は子供離れを出来ていないのではないかということだ。そしてそれはたぶん正しい。父親は二十年近く単身赴任を続けており、それが今年で終わる。彼は僕の成長のようすをその目で見てはいないし、僕も彼の仕事のようすをまったく知らない。父親なんていなくても子供は育つのだろうけれど、子供がいないと父親は育たないのだろうか。そんなことをつらつら頭に思い浮かべる。それにしても、こういうおせっかいはもうこの歳だと困るなあ、とぶつぶつ小言を言いながら雑巾を絞る。水がつめたくてきもちいい。

本当に、こういうおせっかいは孫にでもしてほしいよ、と、何度もひとりごちたあとに、そっか、やっぱそんな歳なんだ、と気づく。50代も半ばにさしかかった父は、おじいちゃんになっていてもおかしくない歳だし、20代も半ばにさしかかった僕も、父親になっていてもおかしくない歳だ。

しかしなあ、もう少しやりたいことがあるから結婚なんて考えがたいし、いかんせんいま恋人いないぜ父親、と父親に申し訳ない気分だかなんだか分からない気持ちになって、部屋の片付けが終了。

朝から部屋がきれいになると心地よい。


父親から送られてきた送りものの一つである目覚まし時計を手に取り、だから目覚まし時計はあるってば、と心の中でツッコミをいれて、思わずくすりと笑ってしまう。まだ開けていなかったダンボールの一つの中身を確かめるためにガムテープを剥がし、開けてみると、中から毛布が出てきた。だから毛布もあるってばー、と再びツッコミを入れる僕の鼻にとても清潔でいい匂いがすうっと入り込む。そのとたん、なんだよ親父こんなホテルの毛布みたいなの使いやがって、とどっと笑いがこみ上げてきて、はは、と声をあげて笑った。


父親が送ってきたものは、どうやら僕への贈り物であるようだった。