想起的、あるいは断片的

息を吸って、吐いて、煙草の煙が目に染みる。

コンクリートに照りつける直射日光を一身に受け、額に汗を滲ませる。

すれ違う人々の顔をじっと見つめながら、表参道を歩く。

歩くスピードを少しだけ上げる。

  彼のいいとこはさー

  あいつマジでむかつく

誰にでも醜い自分がどこかにいるのだろうけれど、それは誰の顔を見たところでわからない。

松屋でカレーを食べながら、ずっと向かいに座っている人たちの顔を見ていた。

 あなたは悪い人ですか。

いろんなことを考えていた。

 つまりは君のこととか。

 あるいは不安について。

何かにつけて喚起される記憶というのは厄介で、久しぶりに店で煙草を吸いながら本を読んでいたら、頭がぐらっとして、夏、と思った。

本といっても実際にはそれは漫画で、なんだろうこれ、この感じ、リアル、でもなくて、現実、ここが。

渋谷の街はお祭り騒ぎで、若人たちがお祭り中。

  そういえばさー、コールドプレイ聴いた?

 聴いてないよ。

何かを探すように、彷徨うように、あちこちを歩き回っていると、Tシャツが汗でびしょびしょになってしまいそうで、やっぱり、夏、って思った。

あるいは風。

風が生ぬるい夏。

こんな纏わりつくような風、七月。

大学へ向かう道は、暗くて、スポーツカーが、目の前を、通りすぎて、すぎて、二人の顔、やや微笑、感情は伝わらず、遠い距離、つかめない、距離感。

地面に落っこちたペットボトルを蹴り上げると、思いのほか速いスピードで飛んでいくから、もう9年も経ったことに気づく。

時間の経過は思ったよりも早くって、進める距離は結構短い。

思いのほか一人で何でもできて、本当は何もできてない。

刻まれゆく玉葱みたくこのまま時間が進んでゆくことは楽だけれど、それはそれで。

  マジでありえなくねー

  ××の彼氏知ってるー

映画のワンシーンみたい、スローモーション、ゆっくりと振り上げた腕、少しだけ触れる指先、君だけのにおい、声。

テレビから聞こえてくる声、街のざわめき声、誰かを呼びとめる声。

  手相の勉強をしているのですが

 そうですか、がんばってください

冷めた顔で棒読みのニュース。

朝まで続く思考の連鎖、言い訳とすれ違い、積み重なる本、数えきれない後悔、嘘、思いがけない台詞、偶然会った帰り道、眠ったふり。

駅に着いた瞬間に覚める目、下手な演技、じゃあね。

飛び出した電車の外から窓越しに見える横顔を見て、あのとき、そういえば、もう、声も、伸ばした腕も、届きそうにない気がした。