レイン・バレル
今にも落下してきそうな灰色の重たい空に向けて真上にさした無色のビニル傘なんて、役には立たない。
雨は頭上から降ってくるものだと思っていたらそれは大きな間違いで、いつも前から、後ろから、勢いよく雨粒は僕の身体を目がけて襲ってくる。
足元の水たまりを幾つうまく跳び越えてみても、悩みは増してゆくばかり。
出席を決めている高校の同窓会の返事をなかなか出さないことには理由があるし、昨日から続くこの偏頭痛にも、きっと理由があるのだろう。
どうやらここにはたくさんの理由が浮遊しており、それらをうまくかわしていける人間がゲームに勝てるらしい。
彼も彼女もうまくゲームに勝った。
ゲームに勝ったらしい。
早足で渋谷の街を歩きながら、ときどき後ろを振り返る。
記憶は必ずしも頭の中にあるわけではない。
この街には五年前の記憶も、十年前の記憶も、彼女の記憶も、彼の記憶も、しっかりと鍵を掛けられたどこかの貯蔵庫に閉じ込められている。
喚起される記憶もまた記憶の一部であり、すべてである。
青山通りと表参道が交差する場所で煙草を吸う。
目の前で水たまりを次々と車がはねてゆく。
白と黒が曖昧に重なった横断歩道を大股で渡る。
ジーンズもパーカーも雨でびしょびしょだ。
寒い。
雨脚は弱まる素振りをみせない。
涙を隠すのには、丁度いい。