short summer left

今年の夏はとても短かった。

仕事や大学での勉強から自転車で家に帰るときには、例年この時期の夏の一日を占める蝉の鳴き声ではなくて、秋に棲む虫が奏でる音が耳の奥に滑り込んでくる。風も生ぬるくなくて昼間から肌にとても心地がよくなってきた。

新しいことに挑戦してみようと思い立って、実際に外の世界でもがいてみて、たくさんの人と会って、それぞれの価値観を議論しあって、世間でいうところのお盆休みには3日間休みなしで作業をしながら現実の壁にぶつかったりしていたら、あっという間に夏が過ぎ去ろうとしている。完全燃焼、には届かなかったけれど、多くのことを学んだとおもう。苦手なことにたくさん立ち向かってみたのだけれど、全然うまくいかなかった。少し残念だけれど、仕方がない。もうちょっと頑張らなきゃいけないこともまだまだたくさんある。課題ばかりだけれど、自分の立ち位置は分かった。次の目標は大体分かったかな。

夕焼け空を眺めていても、あっという間に身体は暗闇にすっぽり包み込まれる。自宅のベランダに出るところの窓をたっぷり開けて夕闇を部屋の中に呼び込んでからごろんとベッドの上に寝転がって浅野いにおの漫画なんて読んでみちゃったりして、あーあーねー、なんて思ってみる。ソラニン映画化されるんだよね。

最近の読書はビジネス書と技術書をディープに追いかけていて、知らないことばかりでとても楽しい。コンサル屋のMさんと、知的好奇心はいつまで経っても失いたくないですね、という話をした。彼は理系で精神分析やジャズバンドをやっていただけあって、とても面白い人なのだけれど、お盆休みにもひっきりなしに電話がかかってくるので、ガイシケイコンサルってのは893な仕事だなあとつくづく思った。体調崩す人が頻出するらしいけれど、そりゃあそうだ、と納得ものだ。

「仕事」という単語が今年の重要なテーマで、いろいろと考えている。忙しすぎると体力がないから辛くて生産性が下がるし、暇過ぎると退屈で頭がおかしくなりそうになる。自分に合った仕事というものを選ばなくてはいけなくて、とても難しい。あまりビジネスライクな仕事だと興味が持てなくて、価値のあるものや誰かが喜んでくれるものをつくるのは楽しい。やっぱり人が喜んでくれるとうれしいんだな、って当たり前のようで当たり前ではないことに気づく。

周りには同世代で腕一本でやっている人たちがたくさんいて、間近で見ていて、すごいなー、と感心する。ベンチャー企業のしゃちょーさんのIさんに仕事を頼まれて、オフィスでいろいろと話していたら、20歳のときから会社をつくろうと思っていて5回失敗して今回はなんとかいけそうだ、と話していた。とても人当たりと容姿のいい人で、中高からの友人のHがIさんと仲良くなるのも分かるな、と思う。Hじゃなかったら仕事を手伝ってあげようとは思わなかっただろうな、とも思う。学校に行く途中(というかなぜか学校にはつかないのだけれど…)に小説の話ばかりしていたあの頃が懐かしい。あれからもう10年くらい経ったけれど。お互いほとんど連絡は取りあわないけれど、何かのきっかけでどちらかから電話をして、相変わらずだねえ、と言い合う。3年くらい前は朝までベルクソンがどうだとか語りながら彼女に訴えられたとかで初めて見る訴状というやつを眺めながらHはどうしようもないよねはははと爆笑していると、きみも中学生のときロクでもなかったじゃんオレが図工で作った車蹴っ飛ばして担任に怒られてるところを見て”あきれた笑”って感じで笑ってたしね、とかそんな話をしたこともあった。きっとこれからもずっとこんな感じの関係が続くんだろうな、と思う。40とか50とかになってもこれだったら、どうしようもないといえばどうしようもないけれど、それもアリなのかな、という気が最近している。ダメでいいじゃん、オレら。

頼まれている仕事は山積みで、時間もお金もなくて残念だけれど、こういう生き方しか出来ないのだろうな、と諦めることにした。無理するとしんどい。下北住まいのDのJのY君に下北のレコ屋とかバーを教えてもらったので、帰り道にふらっと立ち寄りたいのだけれど、なかなか時間もお金もない。JET SETの経営がよろしくないというのは本当かどうか知らないけれど、なくなると困るなあ。音楽業界では、上京して少ししてZESTがなくなり、CISCOもなくなって、UNIONも危ないらしい。雑誌では、STUDIO VOICEやremixがなくなり、エスクァイアも消え、ミスターハイファッションやオリーブはとうの昔になくなって、青山のSPACEは閉店して*1、どこに行けばいいのオレら、とタバコをふかしながら大学の学食の屋外テーブルで話した夜は、とても楽しかった。


もっと仕事との付き合い方を探らないともたなさそうだから、とにかく手と体を動かしながら自分と対話することが大事だな、と考えている。憶えておかなくちゃいけないことが膨大で、ほとんど記憶がなくて、全部PCとWEBの中に詰め込んでいて、PCとWEBがないと何も出てこないのだから、パソコンが「私」なのか「私」がパソコンなのかよくわからなくなってしまう。野口悠紀雄先生の『超「超」整理法』を読んでから随分と無駄が減ったけれど、やはりPCが必須で、ずいぶんな世の中になったなあ、としみじみ感じる。
やるっきゃないかな。もっと楽しまなきゃなあ。

*1:不景気でモード業界は厳しいみたい。J.Lindebergもすぐなくなったしなあ。そういえば、SPACE跡地には嶋田洋書が移転していた。ラブレスとかもあぶないのかなあ…。カラバイも人入ってないぽいし。最近はNOW IDeA by UTRECHTにちょくちょく行っている。