迷い

髪も爪も影も時間が経てば伸びてゆきますから、やはらかな手触りを確認したい、そんなことを考えていた日曜日。甘えたい感情と一緒に隅田川沿いを幾許か歩く。コンクリートを踏みしめるナイキのスニーカーの踵はますます磨り減り、地面を引きずるようにしか進まない歩は鈍い頭のその重さのせいかもしれない。

川沿いを歩いていると水面に浮かび小さな波にゆらゆら揺られる大きな鼠が一匹。しっかりと閉じた両目と私の両目がばっちり合って、「しんどかったでしょう?」と一言。掬ってあげるには岸からやや距離があり、誰も彼も気にもとめず遊歩道を走り抜けてゆく昨日と今日と明日は連休。

映画のワンシーンにあった空き地にはベンチがきちんと二つ置いてあり、そこで老人がその冒頭を呟く詩を思い出す。世界がゆるやかに構成されているのは、なぜ?、って?

答えを探すつもりが、宿題を抱えて古びた印刷所の横を通り抜けることになった。

満たされない気持ちを抱えて小さな橋をいくつか渡る。夕日に照らされる高層ビルの中にいる人たちは今何を思っているのだろう。彼らもまた欠如を抱えているのか。

隅田川から東京のお臍の方に向うとゴミひとつないきれいな大通りにぶつかる。夕日の沈んだ街はネオンの緑色の光に満ちており、行き交う人の波はまた腕と脇の隙間から零れ落ちてゆく。無関心を装えば、いつまでだって無関心でいられるのだろうか。グッチも、プッチも、いらないから。いりませんから。

平日は会社員で賑わいを見せる街は休日には色のない高層ビルの隙間だらけで、赤信号も気にならず横断歩道のない場所を渡り歩く。心の叫びが聞こえてくる方へ呼ばれて向かえば人と人と人の声に埋もれてしまう。

冷たい灰白色の道路は直角に交じり合い、真っ直ぐに歩き続ければ東京タワーが見えてくる。左に曲がれば山の手の電車が走る。行き場のなくなった両脚は、高架下の明るいお店で焼かれた豚肉を食し、トレンチコートの右側のポケットから小銭をいくつか取り出して、早々帰路についた。