リリイ・シュシュのすべて / 岩井俊二
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2002/06/28
- メディア: DVD
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あらすじ。
ある地方都市、中学2年生の雄一(市原隼人)は、かつての親友だった星野(忍成修吾)やその仲間たちからイジメを受けるようになる。そんな彼の唯一の救いはカリスマ的女性シンガー、リリイ・シュシュの歌だけであり、そのファンサイトを運営する彼は、いつしかネット上でひとりの人物と心を通わしていくが…。
岩井俊二監督が、インターネットのインタラクティヴ・ノベルとしてスタートさせた企画を発展させて成立させた異色の青春映画。美しい田園風景の中、イジメや援助交際などなど現代の少年少女たちにまつわるさまざまなダークな問題を、これまでにないほど身近なものとして織り込みつつ、彼らのリアルな心の声を繊細に描き上げていく。そして、それでも「どんな子どもでも、光る時間を過ごすのだ」といった岩井監督のメッセージが痛切に伝わり、胸をしめつける必見の秀作である。(的田也寸志)
amazonより
岩井俊二の映画というのはいつも気になりながらも、初めてみた。
美しい色彩と心地よい音楽に乗ってスクリーンに映し出される映像は、必ずしも楽観的な様相を呈しているわけではなく、かといって、センチメンタルな感傷に浸らされるわけでもない。
確かに「リアル」な感触がある。
これが当時の14歳の「リアル」だったのかどうかは僕には分からないが、ここで描かれている行き場のない悲しみ、やりきれない自分、変えられない現実というのを、思春期を通り過ぎるころに生身の身体で触れた人も少なくないのではないか?
「お金が欲しい。セックスがしたい」
そんな中学生の男の子というのは、大人でも子供でもないのだ。
些細な心の傷を癒す術を知らず、その傷を自ら痛めつけて痛みを麻痺させるか、もしくはその傷の痛みを分かち合うべく他人を傷つける。
それを「最近の若い子達は・・」と言って片付けてしまっては、彼らの傷はいつまで経っても癒えない。
オトナたちは、「生きて」いないのだ、彼らと共有するべくある媒体の世界を。
しかし、この映画に出てくる中学生にもそのことは言えるかもしれない。
クラスの女の子が死んだとき、わらう同級生にある女の子が言う。
「人が一人死んでるのに何でわらってられるの?」
この子には分かっていたのだろうか?
<「生きてる」ってことは、心臓が動いてて、意識があって、ってことじゃないんだよ>
君はある女の子を「殺した」んだ。分かるかい?
その「死んだ」状態から「生き返る」ために必要なんだ、彼女には「エーテル」が。
その彼女を「殺す」のに手を貸したせいで「死んで」しまった彼には必要だったんだ、「エーテル」が。
その彼女を「殺して」しまったもうすでに「死んで」いる彼には必要だったんだ、「エーテル」が。
傷ついた身体を、心をRe<再生>させるためにまた増えていく傷。
「回復する傷」なんて存在しないんだ。
傷ついた身体と心はやがて朽ち果てていくだろう。
だからといって、絶望する必要はない。
その傷を癒すことはできるから。
「その傷を癒してくれるのは更なる傷じゃなくって、もっと大きくて暖かな、彼らを包み込むものなんだ」
って誰かが伝えてあげなきゃいけないはずだ。
彼らにそれを伝えることが出来るのが、リリイ・シュシュだけだったということはすこし悲しいことだがそれもまた現実なのだろう。