傘がない

減るもんじゃねーだろとか思ったのでとりあえず使ってみたらちゃんと減った。私の生活費。 返せ。

お腹がぐうとなっているのです。

遡れば約六時間前、私は新宿の街を歩いていました。いつものように汚くて、人が多くて、うるさいけれど、なんだかまた来てしまう街です。

いつものように蕎麦屋に入りました。竹輪天蕎麦が380円の蕎麦屋です。決して贅沢品ではありません。そうでしょう?

財布の中身をちらりと見ました。お札がありません。小銭は少しあります。500円くらいはあったのでお金をおろすこともなくそのお店で蕎麦を食べました。安いけれど美味です。七味をたくさんかけすぎて少し辛かったのは愛嬌です。

店を出ます。不穏な空気です。空が鉛色なのです。ベタですが、悪いことが起こりそうです。

ディスクユニオンを通り過ぎて、お金をおろしに銀行に向かいます。東京三菱UFJ銀行、といつも呼んでいますが、呼称が変わったという手紙がずいぶん前に自宅に届いていた記憶もなきしもあらずです。

交番の横に銀行があります。いつもある銀行が突然なくなる、なんて非現実的なこと、小説の中でしか起こりません。ちゃんとあります。

開きません。自動ドアが開きません。ウイーン、って鳴りません。自動ドアが鳴りません。

私は気づきます。張り紙に気づきます。

「8月10日は終日休業いたします」

突然です。突然別れを切り出された男の顔です。驚きです。そういえば新宿駅を歩いているとマスオさんのマネをする芸人さんのマネをする女の子が楽しそうに「ひぇぇ!」と笑いながら身体を垂直に伸ばしていました。あれは30分くらい前の出来事です。

できません。気が効かないのでそんな場面でマスオさんの真似はできません。人間は本当に驚いたときはあんな声は出しません。ひぇぇ。

歩きます。新宿の街を歩きます。お金はなくても歩けます。公共道路は無料です。

入ります。イセタンメンズに入ります。お金がなくても入れます。眺めるだけなら無料です。

じろじろじろりと秋冬物を物色します。アタッチメントとファクトタム、人気です。店員さんに話しかけられます。それ、新作です。

着てみます。お金がないのに着てみます。着てみた感じはまあまあです。

考えます。気に入らない理由を考えます。120円では買えません。

いやあ、ちょっとこのアームホールの感じが太いんですよね。ウエストの絞りはいいのですが。

うまく切り抜けました。人間ときには嘘も必要です。

あいかわらずイセタンはバブリーです。バブリーな感じの人たちばかりです。さすがに古着のぼろぼろのTシャツは不味かったかもしれません。でも、気にしません。気丈に振舞います。大人です。

店の外に出ます。蒸し暑いです。お金がないので映画にも行けません。フレッシュネスバーガーで休むこともできません。こうなったら本屋でただでたくさん本を読んでやる!前向きです。

ジュンク堂です。いつものようにジュンク堂に行きます。エレベーターがなかなか来ないので1階の案内図みたいなやつを弄っていたら壊れました。内緒です。

上がります。エレベーターで上がります。8階です。一番上から降りていきます。

漫画のことはそれほどよくは知らない私ですが、最近はなぜだか漫画コーナーに足を運びます。何故でしょうか?おやすみプンプンに出会って以来、漫画ブームです。漫画も結構面白いです。

探します。ターゲットを探します。一時間程度で読める面白そうな小説です。

現代小説のコーナーに向かいます。出ています。新刊がたくさん出ています。舞城のディスコ探偵が出ています。分厚くて、表紙がアニメちっくです。相変わらずです。

読めません。あんなに分厚い本は一時間では読めませんから、ただでは読めません。物色します。見つけます。古川日出男。決まりです。

座ります。ジュンク堂には座るところがあります。椅子です。座るといったらやっぱり椅子です。

読みます。静かにゆっくり読みはじめます。どうやら東京が舞台のようです。何の話だかよくわかりません。シェフがフランスから帰ってきたそうです。でもシェフではないのです。

迷います。読むかどうか迷います。迷った挙句、やめました。何かをやめるにはタイミングが重要です。株の本を読むと必ず書いてあります。ここだと思ったら投資はやめろ。ここがどこかはよくわかりません。

困りました。わくわくするような本に出会いたいだけなのです。

下の階に降りてみます。ありました。面白そうな本です。

虫の本です。虫がたくさん載っている本です。捕まえたい。頭の中はそのことばかりです。

捕まりませんでした。本を読んでいるだけでは捕まえられません。もっと草とか木とかある森のような場所を求めています。東京にはありますか?

外に出ます。大きなビルから外に出ます。

雨降りです。突然の雨降りです。行き交う人々がみな空を一同に眺めています。たまには空を眺めることは大切です。もしかしたら人が落ちてくるかもしれません。そうしたらこうしてください。バットを手に持って、打ち返す。カキーン。

あきらめです。雨が降り止むことを願うことをあきらめます。あきらめることは大切です。大人になるとあきらめることばかりです。世の中にはどうしようもないことがたくさんあります。歳を重ねるにつれてそのことを学びます。

思い出します。昨日やっていたゲツクの再放送を思い出します。主演はあの人です。キターッ!、のあの人です。ものまねの人、好きです。

脱線です。思い出したのはこんなことです。主演のあの人がだんだんとうちの父親に似てきているのです。驚きです。しかも、このドラマでの役は、とにかくそっくりです。実家に帰ったら父親に教えてあげようと思います。喜ぶかもしれません。

再び脱線です。思い出したのはほんとうはこんなことです。主演のあの人が高校生に問うていました。夢は何だ?、と。

答えません。みんな答えません。大学受験がすべてです。あんな高校生いるのかしら。疑問も途絶えません。

先生です。主演のあの人は熱い先生です。夢をもって頑張れというメッセージを体現しています。その熱さがうちの父親そっくりです。顔もそっくりです。

結局、あきらめて、駅まで雨にぬれながら走りました。雨乞いは現代的ではありません。今の若者はケータイで天気予報を調べます。今日は雨降りの予定だったようです。

失敗です。家を出る前に天気予報を調べなかったのは失敗です。折り畳み傘くらいは持って出かけるべきでした。つくづくダメな男です。

帰宅です。なんだかんだで帰宅です。

雨はもう、止んでしまったようです。